2020


ーーーー 9/1−−−− 安全講習の効果


 
若いカップルがドライブを楽しんでいる。車は、見通しが利かない山道に入った。運転する男は、イキがってスピードを上げる。助手席の女は不安げな顔になって「あまりスピードを出すと危ないわよ」と言った。男は「大丈夫だよこれくらい。まったく度胸が無いんだから」と笑った。その直後、左曲りのカーブにさしかかり、車は大きく右に膨らんだ。目の前に大型トラックが現れ、視界を塞いだ。そして目の前は真っ暗になった。

 男が気が付くと、病院のベッドの上で包帯グルグル巻きだった。隣に母親がいて「目が覚めたのかい?」と言った。状況を察した男は、ハッとなって「彼女は?」と聞いた。すると母親は「ダメだったんだよ。お前とんでもないことをしてくれたね」と言って、ベッドの上に泣き伏した。

 運転免許証を取ったころ、安全講習で観た短いドラマである。すごくリアルでインパクトがあり、私にとって、運転事故が招く破局の疑似体験となった。今思い出しても、背筋が冷たくなる。このドラマのおかげか、私はずうっとゴールド免許で通している。安全講習も時には大いに役に立つ。




ーーー9/8−−− パソコンを買い替え


 
パソコンが突然不調になった。起動できなくなったのである。パソコンというものは、他の道具と違って、少しずつ壊れるのではなく、突然動かなくなるものである。過去にも何度かそういうことがあって、日頃から覚悟はしていた。しかし、やはりその時が来ると慌ててしまう。

 修復機能なるものが備えられている。それをいろいろ試してみた。それでもダメだった。電話で息子に相談した。すると、買い換えた方が良いと言った。パソコンは日々進歩しているから、古いものを直そうとして金と時間を使うくらいなら、新しくした方が良いと。使ってきたパソコンは、3年半前に5800円で買った中古品である。もう十分に元を取っている。こういうのはあまり好きではないが、ポイと捨てても未練は無い。

 ネットで手ごろなスペックの品を探し、注文したら翌日に配達された。これも中古品で、本体のみ。説明書も何も付いていない。でもそんな事は気にしない。使えればよいというだけだ。

 パソコンを新しくすると、セットアップが面倒だ。しかし、以前と比べれば、だいぶ手数が少なくて済むようになったと思う。それでもなんだかんだで3時間くらいかかった。これまでのデータは外付けハードディスクに入れてある。それを接続したら正常に動いたので、使用環境はほぼ完全に復帰した。

 新しいパソコンは、これまでの物と比べると、サイズが小さく、音も静か。また、動作が速い。息子が言った通り、格段に性能が良い。「パソコンを買うなら、死ぬ前の日が良い」というジョークもうなずける。

 パソコンは、使っていれば数年以内に寿命がくる。使えたとしても、性能が落ちてくる。自動車のタイヤと同じで、買い替えを前提に使わなければならないのだ。だとすれば、安価な方が良い。中古品やサポート切れのOSに不安はあるが、しょせん訳が分からない世界なのだから、心配し過ぎても仕方ない。

 以前、知人の奥様がこう言ったのを思い出す、「大竹さんのお宅は、息子さんや娘さんがパソコンに詳しいから、ご自分でニーズに合った性能と価格のものを購入できるでしょうが、うちは主人も私も詳しくないので、電気店の店員の言いなりですよ」




ーーー9/15−−− 両腕に時計


 
日常的に使っている腕時計は二つある。一つは40年以上前に購入したセイコーのダイバーウォッチ。もう一つは、最近息子からもらったロレックスの模造品。英国で作っている男からネットで買ったそうである。

 両方とも機械式時計だから、多少なりとも時間が狂う。毎朝の日課は、これら二つの時計の時刻を合わせることから始まる。卓上の電波時計があるので、それに合わせて秒まで正確に合わせるのである。二つの時計を机の上に置き、それぞれのリュウズを零秒に合わせて同時に押す作業は、傍目に見れば奇異なものだろうが、当人はいたって真剣である。

 時刻を合わせても、使わなければ止まってしまうのが、自動巻き時計の性である。ところが、使う機会は少ない。ほぼ一日中自宅と工房で過ごす日々だから、腕時計を着用する必要性はほとんど無いのである。外出する際も、スマホを持って出るから、時間が分からなくなることは無い。無理にでも使わなければ、時計たちは机の上に置いたままとなる。

 止まっている時計を見るのは、気分が良いものではない。だから毎朝の時刻合わせの前後に、両手に一つずつ持って振る。ゼンマイが十分に巻けているか否かは、確認のしようが無い。巻きが足りなくて、翌朝見ると止まっていたというようなことがたまに生じる。そもそも手に持って振るというのは、わざとらしくてあまり好きではない。本来は着用して動作を保つのが自動巻き時計だ。

 そこで、外出するわけでもないのに、腕に付けたりする。着用すれば、たとえ短い時間でも、十分に巻けるように思う。この方式の問題点は、どちらの時計を着けるかである。自分としては、慣れ親しんだセイコーの方に愛着があるので、ついそちらを選んでしまう。そうするとロレックスもどきは、机の上に置かれたまま、止まってしまう。逆のケースもありうる。要するに、一方を使えば、他方が止まってしまうのである。まるでお互いに嫉妬しているかのようである。

 最近になって、良いことを考え付いた。両手にそれぞれをはめるのである。仕事中は邪魔になるので、右手は外すが、朝の時間帯、時刻を合わせてから朝食を終えるまでの間くらいは、両手にはめて過ごす。こうすれば両方とも確実に巻け、公平に扱うので嫉妬を生むこともない。

 たまに両手にはめていることを忘れて外出してしまったりする。気が付いて慌てて片方を外してポケットにしまう。そのうちそれも気にならなくなった。両手に付けていても、別に誰からも何も言われないからである。近頃では、意図的に両手に付けて出掛けたりすることもある。

 両手に金属の輪をはめるのは、古代ローマの戦士みたいで格好良いだろう、と遊びに来た娘に言ったら、驚く様子もなく「サッカーのH選手は以前からやっているよ」と言った。斬新なことをやっているつもりだったので、ちょっとがっかりした。ネットで調べたら、たしかにそのような話題の記事が多く見られた。何故H選手がそのようにしているか、諸説あったが、アルゼンチンのサッカー選手マラドーナの真似をしているのだという説があった。そのマラドーナは、体の左右のバランスを取るためだとか。何だかよくわからない。




ーーー9/22−−− スパイク地下足袋 


 今シーズンから地下足袋を新しいタイプに変えた。スパイク地下足袋である。

 野良仕事や土木作業をするわけでもないのに、昔から地下足袋を使ってきた。それは10台後半に遡る。学生時代の山岳部で、沢登りの際に履いたのである。その当時、沢登りの足ごしらえは、地下足袋にワラジというのが定番だった。

 社会人になり、沢登りをしなくなっても、登山に地下足袋を愛用した。学生時代から使っていた登山靴のうち、夏山用の登山靴はボロボロになったので捨てた。冬山用の靴は残っているが、革製のゴツくて重いもの。無雪期の山に登るなら、そんな登山靴よりも地下足袋の方が良い。軽いのでラクだし、スリムなので取り回しも良い。革製登山靴は、雨で濡れるとずっしりと重くなるが、地下足袋はそんなこともなく、乾きも早い。底が薄いので、岩角を踏むと痛いが、慣れてくれば大した問題ではない。布製だから、使ううちに傷んでくるが、昨今の登山靴のように突然靴底が剥がれるというようなトラブルは無い。耐用年数は短くても、価格が安いから経済性も悪くない。

 そんなわけで、無雪期の登山は全て地下足袋を使ってきた。大いに気に入っており、何故このように優れた履物が登山で普及しないのか、不思議に思うくらいだった。北アルプスを5日がかりで横断した山行でも、私以外に地下足袋を履いた登山者を見たことはなかったのである。地下足袋のメーカーに手紙を書いて、登山用に特化した地下足袋の生産を提案したこともあった。返事は無かったが。

 ところが、数年前から登山中に足がつるようになり、地下足袋で冷えるのも原因かと思った。そこで、ゴアテックスの登山靴を購入した。それ以来、登山に地下足袋を使うことは無くなった。

 それでも、トレーニングのための裏山登りでは、相変わらず地下足袋を使ってきた。登山靴では大袈裟だし、運動靴では心もとないからである。雪が積もっている時期は長靴を履くが、雪が消えれば地下足袋に切り替える。本格的に裏山登りに取り組み始めてから10年になるが、その間に何回も買い換えた。完全に壊れてから買い換えるわけではないので、玄関の隅には歴代の地下足袋が何足も転がっている。

 7年前から始めたマツタケ山の整備作業も、地下足袋で行く。他のメンバーもだいたい地下足袋である。ところが、地下足袋では少々難があると感じていた。急斜面で滑りやすいのである。登山道のように整備された道があるわけでなく、作業道と言っても踏み跡程度。その作業道を外れれば、砂礫混じりの斜面である。登りも下りも、ズルズルと足元が滑って、調子が悪い。

 そこで冒頭の話題に戻る。メンバーの一人がスパイク地下足袋を使っているので、真似をして買ってみたのである。これがとても具合が良い。砂礫の斜面でも、落ち葉が積もった斜面でも、まったく滑らない。岩の上だとスパイクの馴染みが悪く、違和感があるが、作業エリアに岩場は無いので、問題はない。足元がしっかりと地面をグリップすると、登りの疲労感が軽減される。また下りの不安感も無くなる。金属製のスパイクなので、普通の地下足袋と比べれば少々重いが、そんなことは気にならないほど性能が良い。この秋のマツタケ採りは、この地下足袋で軽快に山を歩き回ろう。




ーーー9/29−−− 性能が回復した時計


 
日常的にダイバーウオッチを使うようになって、4年ほど経つ。若いころ買った時計だが、登山の際に使うくらいだったのを、バンドを替えてから日常生活に使うようになった。その時の顛末は、2016年12月の記事に書いた。再使用を始めたころは、日に5分程度の遅れが普通だった。これだけ遅れても、現在の生活には支障無い。毎朝時刻を合わせれば、時計として十分に機能する。しかし、何が原因でこれほど遅れるようになったのかと疑問だった。購入した当初は、ほとんど遅れは無かったのである。

 長い年月が経つうちに、内部の油が固まって動作不良を起こすことがあるらしい。それを直すにはオーバーホールをすれば良いと。そんなことも、先の記事に書いた。以下に引用する。 

「先日時計修理の専門店へ持ち込んで、買ってから一度も交換していなかったパッキンを取り換えて貰った。お店の人は、オーバーホールを勧めた。これだけ長い間放っておくと、内部の油が固まってしまって、動作不良になると。しかしオーバーホールはそこそこの料金が掛かる。迷ったが、お断りした。パッキンの交換は、550円で済んだ。 (中略) ネットで調べたら、マニアの間では結構高値が付いているらしい。買ったときの5倍程度の価格も見られた。それだけ価値があるものなら、オーバーホールを頼んでも良いかなとも思う。しかし、多少の遅れはあっても、普通に使えているので、迷いは残る」

 結局オーバーホールはしなかったのだが、最近になって気付いたことがある。遅れがぐっと少なくなったのだ。日に十数秒しか遅れなくなったのだから、大きな変化と言える。夏場は遅れが小さくなる傾向は以前からあったが、こんな値はこれまで経験が無い。信じられないような事態である。

 何故正確さを取り戻したのか? 素人の想像であるが、固まった油が使ううちにゆるんできて、歯車などがスムーズに動くようになったのではないかと思った。しかし、油が固まるというのは変質したせいだろうから、それが滑らかに戻るということがあるのだろうか? 謎は依然残る。

 ともあれ、使っているうちに性能が良い方向へ変化していくということが、実際に起きたことは驚きだった。パソコンを筆頭として、昨今の家庭用日用品は、使用を続けるにつれてだんだん調子が悪くなり、壊れていくのが一般的である。そして、寿命が短くて当然という認識があり、買い換えを前提として使用するのが普通のこととなっている。一生使い続ける気持ちで車を買う人は稀だろうし、住宅だって次の世代まで考えて作るケースは少ないだろう。

 そんなご時世にあって、毎日使うようになったら、いったん落ちた性能が再びよみがえったというこのダイバーウオッチ。まるで使う人の期待に応える意思が宿っているようで、なんとも頼もしい。